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自分に近いことほど疑わない

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「あなたは典型的なW型ですね」

「そうですか……。で、W型とは何ですか?」

「後頭部と背中とお尻が出っ張っていて、首と腰が凹んで谷のようになっています。これら5か所の部位をつなぐとアルファベットのWになるから、W型と呼んでいます。この体型の人は腰にトラブルを抱える人が多いです。あと、寝ている時に仰向けではなく、横向きになっていませんか? これは仰向けだと腰に負担がかかって寝にくいので、自然と横向きになっているんですよ」

「全くその通りです。数年前に椎間板ヘルニアになって腰が痛いですし、寝ている時は常に横向きです」

これは以前から興味を持っていた、オーダー枕のお店に行った時の店員さんとのやりとりである。

このお店では、自分に合った枕を作るために、まず体の特徴を専用の機械で測定する。

測定は1分もかからないうちに終わって、その結果の説明を受ける。

その後、測定結果やヒアリングされた結果を基に、高さや材質を調整した枕を作ってもらい、それを使って実際に寝心地を確認する。

枕を何度か微調整して、最終的に自分に合った枕にしてもらう。

「今夜からは、きっと快適な睡眠が得られるだろう」と期待して、お店を出た。

ただ、この日の一番の収穫は枕ではなく、専用の機械での測定により、自分の体の特徴がよく分かったことだった。

体の特徴がわかると、店員さんから教えてもらったこと以外にも、説明がつくことがあった。

私は長時間座っていると、段々とお尻が下がってきて、腰が曲がってきてしまうのだが、これは背筋を伸ばしていると、腰に大きな負担がかかっているからだと思う。

また、肩凝りにはならないけれども、頭と首の付け根が凝って痛くなるのは、首が凹んで谷のようになっているから、普段からよく負荷がかかっているのだと思う。

そこで新たな疑問が出てきた。

なぜ、私は今まで自分の体の特徴について、知らなかったのだろうか。

それ以前に、そもそも自分の体の特徴について考える、という発想もなかったのだろうか。

定期的に腰や首の痛みに悩まされていたので、なんとかしたいと思っていた。

ただ、その度やってきたことは、マッサージに行ったり、ストレッチをしたりと対処療法であって、根本的な解決はしていなかった。

自分の体の特徴がわかっていたら、座っている椅子の腰のあたりに何かを挟んで、腰への負荷を減らすのが効果的だと気づいただろう。また、パソコン作業の時、首の負担を減らすためには、PCモニターの高さと椅子の高さを調節した方がよかったのかもしれない。

体の特徴について考えなかったのが、ますます不思議になってきたので、その理由を考えてみると、コペルニクスが唱えた地動説のようなものだと思った。

コペルニクスが生きていた時代は、宇宙の中心に地球があって、その周りを太陽や惑星が回っているという天動説が主流だった。それが、コペルニクスにより、地球が自転をしながら太陽の周りを回っているという地動説が提唱された。

つまり、当時の人々にとっては、太陽や惑星が回るのが当たり前で、地球が回っているとは全く思っていなかったのである。

今回の私のケースも同じで、「寝ている時に横を向くのは、私にはそういう癖があるからだ」とか、「最近デスクワークが多くて座っている時間が長いから、腰や首が痛くなった」と考えていた。

しかし、実際は考えていたこととは異なり、このような症状が出やすい体型をしていただけなのだ。

私は装置開発の仕事をしていて、開発中に何か不具合が出ると、「原因を正しく分析しなさい」と部下に偉そうに言っている。

それなのに、自分の体が痛くなる原因の分析は、正しくできていなかったようだ。

お恥ずかしい限りである。

こうやって考えていくと、自分が疑いもしなかったことが、実は違っていたということは、他にもあり得る気がしてきた。

「世間では○○と考えられていて、自分もその通りだと思っている。何の疑問も感じていない。でも、それは正しいのだろうか?」

「これは絶対に変えられないので考えるだけ無駄、と聞いたけれども、本当にそうなのか?」

世の中で言われていることが、その通り正しいことも多いとは思う。

でも、当たり前に思っていることの中には、よくよく考えると疑わしいものもある気がする。

そして、今は全く気付いていないが、ある時、ふと気づいた物事からは、今回のように大きな発見が得られるような気がする。

「ちょっと気になるけど、まあいいか」、「周りもこう考えているし、たぶんそうなのだろう」ではなくて、「本当にそうなのか?」「変なところはないだろうか?」と少し立ち止まって考えてみると、違ったモノの見え方がするのではないかと思う。

日々、慌ただしく過ごしてしまっている自分には、周りに目を向けて、ゆっくりと考える時間が必要なのかもしれない。